今年2018年は私の海外生活20周年記念です。海外生活を始めた1998年はちょうどフランスがサッカーワールドカップで優勝した年でした。そして2018年、奇しくもフランスが再び優勝しました。12年間生活したフランスへの愛を込めて今日のブログを書いてみたいと思います。

私が20年の海外生活に思いをはせ
その中で最も長かったフランス生活への感慨に
ひたっていたちょうどそのころ

サッカーのワールドカップでは
フランス対クロアチアの決勝戦が
行われようとしていました。

決勝戦前日の土曜日、夫は高らかに宣言 「僕はクロアチアを応援するよ 決勝までこられることなんて滅多にないことだし」「私はもちろんフランスを応援するよ」

思い起こせば20年前の夏

1998年 初めてのアメリカ学生生活 「フランス優勝したね おめでとう」「ありがとう」「なに? なに? 何のこと?」

友人たちとの会話から
初めてサッカーのワールドカップの存在を知り
シャンゼリゼの映像に度肝をぬかれました。

その後、フランスで仕事をはじめ
人生の節目、節目で
ワールドカップが登場することに

2002年の夏 日韓共催のワールドカップ 当時もっとも仲の良かった韓国人の友人と日本と韓国 そしてフランスを応援しました

でもこの年 
フランスは決勝トーナメントに進めず

このころの私と言えば
ずっとあこがれていた仕事に
短期間契約で働くことができ
毎日がいっぱいいっぱいで必死でした。

そして

2006年夏 パリの会議室 部署の大きな仕事とワールドカップの時期が重なってしまい 「あ〜 家に帰ってサッカー見たい」「僕たちどうしてこんな夜にまだここで仕事してるの」ってみんなで文句を言っていました

やっとの念願かなって
正式採用してもらって
仕事にわくわくしていたころ

この年はフランスの英雄ジダンが
決勝戦でイタリア選手に頭突きをして
本当にびっくり

さらに4年後

2010年夏 マルセイユのレストラン 遠距離結婚中のぽん太が遊びに来てガーナ対アメリカの試合をみました 「どうしてこんな日に合コンしてるんだろうね 男の子みんな サッカーに夢中だよ」

当然、会話もなく女性3人が
完全にしらけきっていたのが
サッカーよりも気になって、、、

ちなみにこの年
フランスは一勝もすることができず
監督と選手のけんかも
大きく報道されていました。

そして

2014年 夫と引っ越した途上国では国民がアルゼンチン派とブラジル派に分かれて 小さな売店の小さなテレビの前に集まって応援していました

私はフランスから離れて
3年ほど経っていましたが
それでも日本と一緒に
そっと、フランスも応援していました。

この年、フランスは準々決勝まで
進む事ができました。

そして2018年 朝、起き出してテレビをつけると「あれっ もう前半終わってる」「まあ、お昼に起きてきたらこうなるでしょ

昨日の気合いはなんだったのか
フランスを応援するんじゃなかったのか

まあ、にわかサッカーファンなので
こんなものでしょう

それでも緊迫の後半戦、夫と並んでみていると「いけ〜」「そこそこ今よ!」

あれっ、ふと気づいてみると

「かーこ ずっとクロアチア応援してるよ フランス応援するって言ってたのに」「えっ だってクロアチア頑張ってるし弱い方を応援したくなるんだもん」

日本とベルギー戦を思い出して
弱い方のチーム、クロアチアに
感情移入しているのかなんなのか

しょせん、私のフランスへの愛情なんてこんなもの「フランスも遠くになりにけり」と気づいた2018年夏

そして、20年まえの優勝チームのキャプテン
  デシャンが監督として登場し

その白髪姿に20年の月日の流れを
かみしめた夏

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フランスのワールドカップ優勝からはじまった私の海外生活、フランスチームと同じようにいいときも悪いときもありました。

この20年の節目にまたフランスが優勝してなかなか感慨深いものがあり、この勢いで「だれトク?」な今日のブログを書いていますがどうかお許しください。

フランスの変化を感じる:ミニテルからインターネットへ

さて私の個人的な感想ですがフランスを含むヨーロッパでは時代の変化がアメリカや日本に比べてゆっくりと起こるような気がしています。

そんなフランスでも私がフランスで生活し始めた時と12年後フランスから去った時とを比べるとそれなりの変化を見ることができます。

そんな変化について今日は少しご紹介してみたいと思います。

ミニテルって知っていますか?

フランスに引っ越す前にアメリカにいた私、1998年当時アメリカではすでに学生寮の各部屋でインターネットを無制限で使うことができるくらいに普及していました。

その後、フランスに渡ってびっくりしたのがインターネットがあまりにも普及していないこと。というのも当時のフランスには「ミニテル」があったから。

さてこの機械、インターネット普及前にオンラインショッピングやオンラインバンキングを可能にした素晴らしいもので当時のフランス人はみんなこのミニテルを利用していました。

私がフランスで生活し始めた頃にちょうど将来的にミニテルが廃止されることが決まり、徐々に人々が「インターネットとはなんぞや?」と試し始めていた頃

それでも遊びに行った多くの家庭でまだミニテルが置かれていました。

インターネットの普及が遅かったフランス

ミニテルのせいでインターネットの普及が遅れたと言われたフランス、フランスに着いてすぐの頃に宿泊していたホテルの電話回線もアナログだったのでインターネットが使えなくて困りました。

その後徐々に一般家庭でもADSLが普及し始めましたが、もちろん当時のインターネットは電話線につないで「ガーガーピーピー」というものでしたが。

そんなフランスも私が離れる2011年頃には職場にもアパートにも普通にインターネット用ケーブルの差込口ができインターネットが日常生活に欠かせないものになっていました。

そして2012年にミニテル はその役割を終え、サービスが停止されたのです。

フランス引っ越し当時にミニテルの存在に衝撃を受けた私は、そのニュースを大きな感慨を持って読みました。

フランスの変化を感じる:日曜日営業へ気運が高まってきた

フランスでは日曜営業は法律で禁止されていた

私がフランスに引っ越しをしてもう一つ驚いたことに日曜日になるとほぼ全てのレストランや小売店が閉まってしまうこと。

フランスへ到着してすぐの週末、パリと言えばシャンゼリゼと思って出かけ、お店が全て閉まっていたのは衝撃的でした。せっかくの週末なのに、そしてパリ有数の観光地なのに、、、と。

その後、パリの生活に慣れてくるとスーパーの買い出しは必ず土曜日に行うようになりました。でも土曜日のスーパーは本当に混んでいて大変でした。

そもそもカトリック国のフランス、日曜日は宗教上の「安息日」だからそれでみんな働かないんだろうなと漠然と思っていました。けれど後で日曜日労働が基本的には法律で禁止されていると知ってびっくりしたのを覚えています。

そんなフランスにも日曜営業の動きが

そんなフランスにも日曜日にお店を開けたいという動きが出てきたのが私がパリを離れるころ。2009年にサルコジ政権下で日曜日に営業できる特別地区の設定できるようになり、でもこの日曜営業の動きに労働組合が反発と賛成派・反対派の攻防が続きました。

この頃には日曜に多くのお店が閉まっていることに私はすっかり慣れてしまっていましたが、同じくフランス人でない友達とこの動きを歓迎したのを覚えています。

でもその時にいつも「でも、フランス人の国民性を考えると、まあ、実現するのは難しいと思うけどね」という会話をよく聞いたのも覚えています。

しかし時代は流れ2015年、フランス政府は通称「マクロン法」と呼ばれる法律を制定して特定地区の日曜日営業の緩和に踏み切ったこと。

もちろん完全な日曜日営業の解禁ではありませんが、大手デパートのギャラリー・ラファイエットやボン・マルシェも2017年より日曜営業を始めたというニュースを見て、やっとこんなことが起こったかと思いました。

「サマリテーヌ百貨店」を覚えていますか

ところで少し脱線しますが、デパートと言えば今でも懐かしくもうのはポンヌフの側にあった「サマリテーヌ」

というのもフランス生活を始めた頃に通っていた語学学校が近くにあったのでよく遊びに出かけたから。

このサマリテーヌ、オスマン通りのラファイエットやプランタンほど大きくありませんが、こじんまりとした可愛いデパートで屋上テラスに眺めのいい素敵なレストランがありました。

2005年から改修のために閉まってしまい、私がパリにいる間には改装も終わらず訪れることができませんでした。

その後のインターネットの情報によるとLVMHモエ ヘネシー・ルイ ヴィトン主導でこのサマリテーヌ跡地がよみがえるようなので楽しみにしたいところです。

フランスの変化を感じる:オペラの日本食街に行列が

パリで日本食といえば「オペラ」

パリで日本食を食べたい時にどこへ出かけますか? 真っ先に思い浮かぶのがオペラ座(ガルニエ)の側にあるサンタンヌ通り(Rue Sainte-Anne)

いろいろなラーメン屋さんや有名なおうどん屋さん「国虎屋」があります。また近くには日本食食材店「京子食品」もありパリの小さな日本人街です。

さてフランスで生活を始めたころ、このオペラ地区で見かける人々の多くは日本人だったように思います。パリで生活をし日本の食べ物が恋しくなった日本人がそっと日本の味を楽しむ場所でした。

徐々に高まるフランスの日本人気

その後、2004年には「ブック・オフ」もやってきて(今は残念ながら閉まってしまったようですが)、合わせて日本のアニメ人気もあって徐々にフランス人の間にもこの地区の認知度が高まってきました。

そして2005年くらいには、フランス人の友人に「オペラのラーメン屋さんに連れて行って欲しい」と言われて驚いたのを覚えています。

どうやらフランス人の間でもラーメンの興味が高まってきていて、でも自分たちだけで行くのも不安だから付いてきて欲しいとのこと

それから、あれよあれよという間にオペラのラーメン屋さんの前には日本人だけでなく多くのフランス人の列ができるようになりびっくりしました。

本心を言えば憩いの場所「オペラ」の混み具合にゲンナリするところもあったのですが、それでもパリの日本食人気にいい気分にもなりました。

パリで本当の和食を食べるのは大変

さてではなぜこのオペラ地区の日本食がこんなに人気になったのでしょう。もちろん一番の理由はラーメン人気かなとも思います。

でもさらに私が勝手に思うのには、パリで本当の和食を食べるのは難しいということ。

パリの和食店の多くは日本人の経営ではありません。もちろん美味しい和食を食べることができるならどこの国の人が調理をしていても全く構わないのですが、概ねこのような日本食レストランはとても安いですが美味しくありません。

ひどいものになるとご飯がべちゃべちゃで全部くっついていたり、お味噌汁におだしの味が全くしないものも出てきます。

ちなみにパリのフランス人は思っている以上に中華レストランや日本食レストランに慣れています。学生の頃に「安い」という理由でよく出かけたようです。

そんな中でフランス人の中でも「オペラに行けば本物の日本食が食べられる」という噂が広がったこともあるのではないかと思います。

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さて長々と私のフランス思い出話にお付き合いいただきありがとうございました。

パリは本当に嬉しいこと・辛いことがたくさんあった街なので、きっと私の人生の中でとても大切で思い出深いものになると思います。

そしていつまでもこの世界で有数の美しい街のファンでいたいなと思います。皆様も機会があればぜひ一度、訪れてみてください。そして気に入ったら短期間でも住んでみてください。

今まで知らなかったフランスの良いところ・悪いところが見えてきたら嬉しいなと思います。