「国際結婚あるある」なのですが、日本で若い頃に楽しんだ音楽や映像作品の良さをなかなか外国人夫にわかってもらえないことってありませんか。今日はどうして夫と一緒に楽しめないのか、それでもどうやって二人で昔の作品を楽しんでいるのかご紹介したいと思います。
ということである日、夫が

「クリスマスプレゼント何が欲しい?」「DVDプレイヤー ポータブルのやつ」「えっ、この時代に」

まあ、誰でもそう言うよね

「映画やドラマが見たいならNetflixやアマゾンプライムを使えばいいじゃない」「なんで今さらDVDプレイヤー?」

とさらにたたみかける夫

だって、たまにとても見たくなるんだもん 日本の古いドラマのDVD

でもリージョンコードの違う
アメリカのDVDプレイヤーでは
日本のDVD見られないし

これまで使っていたプレイステーションも
故障してしまったし

でも ピアニスト瀬名に 警部補古畑に そしてコトー先生にもたまには会いたいの!「だれ?」

夫にはこの気持ち、分からないよね

だって「カンチ〜」「僕は死にましぇーん」も知らないし、ってうかあの時代の空気感を知らないし

でもそこそこ年も取ってきた夫

いや、分かるか
古いものを懐かしいと思う気持ち

だって、いつの間にか私たちのドライブの定番になったのが WASH (FM97.1)

ワシントンDC圏で
80年、90年代からの音楽を流す
FMチャンネルです。

そういえば私の両親も懐メロをよく聞いていたな 「どうしていつもそんな古い歌ばっかり聞いているの?」

いつの間にか
私たちもそんな年になったと言うことです。

なので大目にみてください。この状況「We are the champions, my friends」

もちろん見に行ったよ
「ボヘミアンラプソディ」

とりあえず、すごかった


Bar-border-F

日本で生まれ育った私と韓国で生まれアメリカで育った夫、若い頃に観たそして聴いたもので同じものがあまりありません。

さらにもちろん音楽でもドラマでも映画でも、その作品自体が心を動かす良いものでなければ、二人とも過去に接する機会があったとしても覚えてさえもいないかもしれません。

となると昔、同じように聴いたり観たりした作品で、二人の心に残っているものは本当に限られてきます。

まさしく「国際結婚あるある」なのですが、昔見た音楽や映像作品でパートナーと共感できなくてモヤモヤする感じについて、今日は考えてみたいと思います。

 外国人夫と昔の音楽やドラマを共感できない理由

そもそも私が日本で生まれ育っているので、私が若い頃に接していて感情移入できる作品はほぼ日本のものです。

もちろん日本の昔のドラマや映画に英語字幕が付いていれば夫だって観ることができます。また音楽は歌詞は分からなくてもメロディーに国境はありません。実際問題、私は歌詞を分からないまま洋楽を楽しんでいます。

なので同じ作品を観たり聴いたりすることができないということではないので問題はそこではないのです。

では何が問題なのでしょう。

夫はその時代を生きた私を知らない

「共感」するには共有する情報が多ければ多いにこしたことはありません。

もしその当時のドラマを観ていた私を相手が知っているなら、そのドラマへのそしてそのドラマを観ている私への共感度はグッと高まります。

相手がその日本語のドラマの内容にちんぷんかんぷんでも大した問題ではありません。そういえば、自分の隣でこんな変な人の出てくるドラマをみて大笑いしていたなと記憶のどこかに引っかかっていれば、20年経って同じドラマをみて笑っている光景に懐かしさを覚えるかもしれません。

これはまさしく同窓会で、みんなで若い頃に歌った歌で盛り上がったり、家族で見る「紅白歌合戦」がなんとなく懐かしく感じられるということにみられる現象で、当時「一緒に何かをしていたこと」を懐かしむといった感情でしょうか。

もちろん若い頃を全く別の国で過ごした夫に「若い頃にあの音楽を一緒に聴きたかった、あの映画を一緒に観たかった」と今になって言うのは無理というもの。

もちろん、これは幼馴染や同級生、会社の同僚と結婚でもしない限り日本人同士でも難しいことです。

では、それでも年齢を重ねたあとで知り合い結婚した人同士がその時代に一緒に居たわけでもないのに、昔の映像作品や音楽に接して共感し合うことができるのはなぜなのでしょう。

それはやっぱりその時代を一緒に生きていたから。

夫とその時代の空気感を共有できない

例えば日本に住んでいた人で世代も近いと、一度も会ったことがなくても同じ時代の空気感を共有しています。

これは外国人の方でも日本で長い間生活をされている方や、日本の文化に昔から興味のある方なら共有できる感情だと思います。

例えば、全く「ジュリアナ東京(バブル時代のディスコ)」に行ったことがなくても「私をスキーに連れてって」や「男女7人夏物語」を見ると、あの時代を生きた人々はそれぞれの感じ方は違ってもあの時代の空気感を思い出します。

おそらく私を含む日本人が(と勝手に決めつけていますが)あまりピンとこなかった映画「フォレスト・ガンプ」が熱狂的にアメリカ人に支持されたのも、多くのアメリカ人があの映画をみてアメリカの昔の空気感を懐かしく思ったからだと思います。

その時代の空気感という曖昧なものを一緒に体験しているかどうかということは、昔の作品を楽しむ上で重要な要素のように思います。

古い映画やドラマはその時代のファッションや生活様式をそのまま伝えてくれます。

そうそう、駅の伝言板って使ってたよね、そうそう、携帯電話って最初はこんなに大きかったよね、そうそう、前髪、こんな感じであげていたよね、、、

もう数え上げたらキリがありません。

そしてそれらの事柄に当時、また今も全く違う感じ方をしていたとしても、やっぱり同じように懐かしくなりその気持ちを共有したいなと思ってしまうのではないでしょうか。

さてこの「空気感」、同じ文化圏で生活してこなかった、そしてこれまでの人生で日本に興味を持ってこなかった夫と共有するのはなかなか難しいです。

これで若い時に日本に旅行でもしていればまた話も違うのかもしれませんが、、、

逆に外国人の配偶者が日本に住んでいたことのある場合などは、このような時代の空気感を共有しているので、昔の音楽も一緒に懐かしく感じるのかもしれません。

日本を懐かしく思う気持ちを共有できない

さて、同じように日本に住んでいても年の離れた夫婦だったり世代が違っていたりすると、やはり観ているものや聴いているものが違っていて、その時代の空気感を共有できない場合もあるかもしれません。

しかし時代の空気感を共有できなくても、もし夫婦二人ともが日本で生まれ育っていたり、また日本人でない配偶者が日本を訪れたことがあると、日本の映像作品や音楽を一緒に楽しむことができるかもしれません。

それは一緒に日本の作品に触れることで、揃って日本を懐かしく思うことができるから。

実際、私がいくつか持っている日本のDVDの中には日本で住んでいるときに観ていたものでない新しいものも含まれています。そしてどうしてそれを観ているかというと、単純に日本語や日本の風景、日本の生活様式に懐かしさを感じて癒されるから。

単純に「あんな日常があったよな〜」「日本ってこんな感じだよな」という共感です。

また日本のアニメなどに代表される文化にとても興味を持ってくれている外国人配偶者の場合、その特化したジャンルにおいて夫婦揃って日本を楽しむことができます。

その時代を一緒に生活したわけでもないし、その時代の空気感を共有しているわけでもないけれど、「日本」というものを一緒に楽しむという感じでしょうか。

さてこれまで色々と書いてきましたが日本に住んだこともなければ、日本に全く興味のない夫。

楽しくないことを押し付けても仕方がないので、私はすでに「日本のドラマや映画、音楽は昔ものでも今のものでも夫と一緒に楽しむのは無理」と結論を出しています。

それでもせっかく夫婦になったのだから、やっぱり二人で昔の音楽や映像作品で「共感」したいと思うのは贅沢なのでしょうか?

 それでも外国人夫と一緒に「昔の作品」で共感したい

若い頃から同じ国で長い間生活をしていた夫婦のようにはいかないけれど、それでも夫と昔の作品をみて楽しむことはできるのではないかなと思っています。

まず「日本の」という制限は潔くここですっぱりと忘れてしまうことにしました。くどいようですが夫には無理なので。

では必然的にアメリカ作品ということになってくるのですが、さてどうしましょう。

若い頃にどちらもが触れる機会のあった数少ない作品を大切にする

同じ国で生まれ育ってはいないけれど、それでも同じ時代を生きてきたのです。なので場所は違っても同じ作品に触れる機会があったかもしれません。

アメリカ映画やドラマは世界の多くの地域で観ることができます。またフランスでは随分前から日本映画もよく上映されていますし、韓国作品もかなり前から日本に入ってきています。また海外に出ている日本作品はアニメも含めてたくさんあります。

私たちの夫婦の場合、どちらもが観ていたドラマは何もなく映画もとても限られています。ただ音楽については私が80年代後半からのアメリカ音楽をよく聴いていたので、音楽では共感できるものがたくさんあります。

もちろん、同じ曲を聴いていたといっても思い出を共有しているわけでもなく、別々の国で聴いていたのでそれほど空気感を共有しているわけではありません。

それでもマイケル・ジャクソンの「スリラー」のミュージックビデオを二人ともその時代に見ていますし、マライヤ・キャリーの全盛期をそれぞれ違った形で経験しています。

なので若い頃にどちらもが触れる機会のあった曲を大切にして生活をしています。それが絵日記にも書いたような車の中でのFMラジオ「WASH」にもつながってくるのですが。

そうしてそのような曲を聴きながら私は私の思い出に、夫は夫の思い出に浸り、たまにはその思い出をお互いに披露したりして楽しんでいます。

古い作品を新しい状況の中で一緒に楽しむ

夫が若い頃に何気なく聴いていた曲で私がなんとなく知っていただけの曲が色々とあります。そんな曲を全く違った特別な状況で二人で一緒に聴くことになると、今までなんでもなかった曲が急に特別な感情とつながった曲になることがあります。

例えば私たちが途上国で生活をしていた頃、娯楽が全くなかったので、夫の同僚たちが集まって我が家でカラオケ大会をすることがよくありました。

夫よりもずっと若い人たちもたくさんいたのに、なぜだかみんなが歌うのはアメリカの懐メロ。私が知っている歌も知らない歌もたくさんありました。

それでも夜な夜な聴いていると歌を覚えてくるし、それでみんなと一緒に盛り上がって熱唱したりしていました。

そしてアメリカへ戻ってきた今、その当時の友人たちとの楽しかった思い出と合わさって、そのカラオケでよく登場した曲を聞くと夫と二人、懐かしい気分を共有することができます。

また、夫と車で長距離のドライブに出るとき、眠気防止のため、私が運転するときは日本の懐メロを流しながら私一人が熱唱して夫がその横でウトウトするのが常なのですが

そんなことを長年繰り返していると、夫の中で何がなんだかはわかっていないけれど、私の歌う日本の歌がドライブとの記憶とつながっているようです。プリプリの「Diamonds」とか何ですが。

人生は長いのだからこれから一緒に作っていく

さて今日は私の人生の中で一番新しい日ですが、20年後にはこの日も古い思い出の日になります。ということは、今日、夫と一緒に聴いていた最新の曲、また一緒に見た封切られたばかりの映画が、時を経ると夫との古い思い出の作品になるのです。

もちろん将来の思い出を作るために、今一緒に映画やドラマを観るわけではありませんが、夫と若い頃の作品を今、共有できていなくても、これからどんどんできていくようになるので全然大丈夫と思うようにしています。

これからの毎日、一緒に楽しく生活をして、いろんな所に出かけて、色々なものを観て聴いてをしていると、いつしか生活に登場した音楽や映像作品が二人で共通の懐かしいものとして、後の人生に登場してくるのかなと思います。

そしてそうなるように、毎日、夫と生きて聞ければいいなと。

ということで結論! 毎日、大切な人と一緒に楽しく生きていきたいと思います。

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